8月下旬に出発し、アメリカの一般家庭にホームステイしながら、米国公立高校交換留学生として、約10ヵ月間米国公立高校に在籍し、異文化交流、相互理解を行いアメリカの高校生と一緒に学習し、単位を取得するプログラムです。

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プログラム内容
■ プログラムの特色
■ 募集要項
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■ 出願から事前学習開始まで
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■ 事前学習
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■ 説明会

プログラム資料
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■ 異文化適応の段階と経緯
■ 高校留学の落とし穴
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プログラム実績
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■ 後輩へのアドバイス
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留学参加者
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■ 留学日記
■ 英語学習に役立つホームページ
■ Page for 32nd Students

●高校留学における異文化適応の段階と経緯

著作権者:株式会社 南日本カルチャーセンター
文 責:M 田 純 逸

 自国にいて、異文化をいくら説明しても限界がある。百聞は一見に如かずとは、まさにこの事であろう。留学生は一年間の異文化生活の中で、驚き、動揺、興奮、消沈、戸惑い、順応、慣れ、惰性などの、あらゆる精神状態を適応の各段階で体験する。異文化に適応するには、段階がある。しかも、それには個人差がある。以前、アメリカに行ったことのある人と、アメリカに初めて行く人とでは、異文化の適応の経緯は異なるだろうし、また、性格的な違いからくる適応への経緯の相違も発生する。異文化適応の各段階で、一般的に留学生が一年間をどのような精神状態で過すのだろうか。
 センターでは、交換留学生が異文化に適応する段階と経緯を、次のように7つの段階に分けて説明している。もちろん、ここに記載されている各段階の順番通り、留学生が自覚症状をもって体験するとは限らない。また、カッコ内の時期は、あくまでもひとつの段階的な目安であり、個人差があるので、全員が、この時期に、この段階にいるとは限らないということも注意しておいて欲しい。自分がどの段階を経ながら、どの状態にあるのか、客観的に自分を見る事の余裕があればいいし、実際に、米国にいて、ひとりで自分と対峙して自分を振り返る時、この各段階での精神状態を目安として、自分の気持ちと比較しながら、利用して欲しいと思う。各段階の最後には、そのような精神状態の時に必要と思われる、センターからの一言のアドバイスが記載されているので参考にして欲しい。この助言が功を奏することを期待するものである。


第1段階/興奮状態 (驚きと興奮)(到着後2週間 〜 4週間程度)

 異文化での最初の数週間は、驚きと興奮の連続である。これまでの自分の人生で、当たり前と思っていたことが、異なることに愕然とする。異なることに刺激を受け、自由であることに興奮を覚える。外国にいることが信じられない、やっと来たのだという留学の実感と現実がそこにあり、それだけでも興奮している。何にでも、がんばるぞと単純に前向きに考えることができる。目で見るものすべてが興奮の対象である。言葉は要らない。日本と違うところにいる自分自身に興奮し、満足している状態である。その興奮が冷めて次の段階に移行するまで、約2週間〜4週間程度、この状態を体験することになるだろう。

センターのアドバイス:頭を冷やして冷静に。流されるな。大地に足を踏みしめて。

 

第2段階/戸惑いと不安の状態 (到着1ヵ月 〜 2ヵ月程度)

 第1段階が過ぎ去った後、最初の1、2ヵ月は「戸惑いと不安」の月と表現できるかもしれない。何もかもが異文化を驚きの目で見た数週間が過ぎ去って、日ごとに驚きと興奮の数が、激減して行く。興奮が通り過ぎ去った後は、それまで異なることに興奮していたものが、全く逆に、異なることに、不安を感じたり、戸惑ったり、ショックを受けたりする。到着した頃は、不安がありながらも、異文化に関する興味の方が、まだ大きかったにもかかわらず、だんだん興味よりも不安が大きくなり始めていくのである。不安の広がりは、何事に対してもすべてを悲観的にさせる。そして、気持ちがどん底に向かって下降していくのが1ヵ月後ぐらいである。この頃は、ほぼ全員の留学生が、留学に来たことを後悔したり、ホームシックになったり、英語力不足を悩んだりして、事前にあれほど準備万端、用意周到に準備してきたにもかかわらず、一年間をアメリカの高校でやっていく自信が、根底から覆されるときでもある。

センターのアドバイス:行動に移そう。頭で考えるな。体を動かせ。

 

第3段階/虚構の適応状態 (2ヵ月 〜 3ヵ月後)

 「戸惑いと不安」の段階を、忙しさと真剣さだけで乗り越えて、その段階が過ぎ去った後、留学生には少しずつ、精神的余裕が生まれてくる。言葉には、依然として不自由を感じながらも、現場にいることで、生活習慣や社会背景などのもたらす情報が、コミュニケーションを手助けしてくれる。生活は少しずつ楽しくなり、日常生活に慣れたことによって、自分である程度のことは、人の助けを必要としなくても、理解でき、行動することができるようになる。そのことが、ますます嬉しくて、この調子でいけば、なんとなくやっていけそうな気がして、楽観的になり、本当に来てよかったと実感するのもこの頃である。おそらく時期的には、10月から12月頃になるだろう。でも残念ながら、これは虚構である。言語以外のもたらす情報と、生活習慣に慣れたことの結果であり、英語の慣れや英語力が向上したことによるものではないということを、この時充分に自覚して欲しい。コミュニケーションは主に言語によってなされるが、非言語によりコミュニケーションを手助けしてくれるものが数多くある。生活習慣を知っていること、文化の違いを理解していること、視覚的な情報などがそれである。この時期は、ただ単に、表面的に異文化に慣れてきたことで、適応できたかのように錯覚しているだけにすぎないのであり、さらに1、2ヵ月もすると、すぐに次の大きな壁に直面することになる。

センターのアドバイス:順調な時にこそ、地道で、目にみえない努力の継続が必要。

 

第4段階/孤立感と疎外感の状態( 3ヵ月 〜 5ヵ月後)

 次に見られる段階が、「孤立感と疎外感」である。12月に入った頃から、アメリカは町中がクリスマス一色になる。すべての人が、そして、すべてのものが、クリスマスに向かって一体化しているようなそんな感じである。話題といったらクリスマスのことで、周囲は盛り上がっているにもかかわらず、自分が一人だけ取り残されたような感じである。何故、そんなに大はしゃぎできるのか、彼らに付いて行けずに、一人だけ冷静に、覚めた目で周りを見ることにもなる。夢中になっているホストファミリーに、距離を感じたりすることもある。ACに何を相談しても、なんだか、ACすらも上の空のように感じられ、自分はほったらかしにされているような、そんな思いを感じたりする。クリスマスも終わって、正月が来たら、何か面白いことが始まるのかなあと期待を持っていると、正月は「ハッピーニューイヤー」と言うだけで、あっけなく、何もなく過ぎていく。今ごろ日本では、こたつに入って、みかんを食べながらなどと考えると、無性に日本の正月が恋しくなり、お節料理や神社参りなどが思い起こされ、望郷の想いが突然、湧き上がって、最悪の日々を過すこととなる。さらに学校でも、友達はクリスマスやプレゼントやパーティーの話題ばかりで、なかなか彼らの中に入っていけない。また、友達がたくさんできたと思っていたにもかかわらず、「Hi!」と声をかけたり、顔見知りである程度の友達に過ぎないということに気づく。互いにいろんな悩み事を相談したり、喜びや苦しみなどを共有できるような、友人はいないのである。さらに考えてみれば、自分は留学生として、周りの友達が興味を持って、積極的に彼らから接してくれたから、さみしい思いをせず、生活が送れていただけなのだというようなことを気づき始める。そして、最悪のケースは、これらの孤立感や疎外感に耐えられなくなって、精神不安定やノイローゼのような状態になる場合である。時期的には12月中旬から1月中旬ぐらいの頃であろう。この頃が留学最大の鬼門に入っていると思えばいい。すなわち、誰もが一番苦しんでいる時期なのである。
 これら「孤立感と疎外感」のすべての原因は、英語という言語が不十分であることから来るものである。英語でのコミュニケーション能力が不十分であるから、彼らの日常生活を超えた範疇まで、入っていけないことから起きているのである。そして、消極的な姿勢でも、何とか彼らの好奇心に助けられ、やってこられたけれども、もうそろそろ、自分から積極的に、自発的に、自主的に働きかけないと、何も始まらないよという赤信号が点灯したと、理解すべき時期なのである。そして、もう一つの原因は、熱中できる対象がないことも考えられる。クラブ活動であれ、校外活動であれ、自分が熱心に打ち込めるものがあれば、この段階から脱出することもそれほど困難ではない。
 この「孤立感と疎外感」の段階までは、ほとんどの留学生が同じ道をたどる。しかし、この段階から次の段階へは、大きく二つに分かれていく。それは「慣れ」か「同化」のどちらかである。すなわち、「慣れ」の状態に進んでいくのか、もしくは「同化」の状態へと歩いて行くかである。だから、この「孤立感と疎外感」の段階に立ったときが、大問題なのである。この段階に立ったときに、これまで自分がとった行動と、これからとる次の行動が、留学生の成果に大きな影響をもたらし、その結果責任を自分で負うこととなる。この段階が高校留学の岐路なのである。
 もし、「孤立感と疎外感」という大きな壁の中で、無作為に過ごせば、すなわち、何もしなければ、そして、この段階に至るまで、特別な努力もせずに漫然と来たのであるなら、おそらく「慣れ」の状態へと進むことになるだろう。否、進むというよりも、「慣れ」の状態へといつのまにか流されて行き、「惰性」の状態へと展開していくと予測できるだろう。もし、自らが、積極的に話し掛け、会話をし、主体的に活動していくことに専心し、同時に英語力の向上を目指して精進していけば、「同化」の状態へと進む可能性が出てくる。そのためには、多大の努力を必要とする。センターとすれば、留学生全員に「同化」の道へと進んでいって欲しいのである。

センターのアドバイス:Talk, Talk, Talk. ただひたすら、英語で話せ。

 

第5段階/慣れと同化の状態 (6ヵ月 〜 10ヵ月後)

1 慣れ ( 6ヵ月 〜 10ヵ月後)

 前の段階、すなわち「孤立感と疎外感」の中で、ただ、漫然と留学生活を過し続けて行っても、益々、日常生活に慣れてきて、それほどは孤立感と疎外感を感じなくなることも事実である。しかし、その場合、いつもどこかで、ふと虚しさを感じたり、空虚な思いが頭をよぎることとなる。何となく、異文化に慣れて、違和感も感じなくなり、生活にもほとんど不自由を感じない。でも、充実した密度の濃い時間が無いのである。毎日が新鮮さのない、同じ事の繰り返しのようなそんな日々を体験するかもしれない。もしくは、毎日、いろんなことをやってはいるのだけれど、1、2週間前に何をしたのか思い出せなかったりもする。そして、時々、自分自身の英語は果たして上達しているのだろうかと不安にもなる。季節も2月か、3月頃で、日本では間もなく年度末を迎える頃である。このまま米国にいたとしても何が得られるのだろうかと不安になり、むしろ、日本に帰って、新学期のための準備をした方がいいのではないかとも考えたりする。後期の日程が始まってから、まだ、依然として親友と呼べる友達がいないのなら、もしくは、単にあいさつや日常生活レベルの会話で終わる友達しかいないのなら、おそらく、この段階にあなたは立っていると考えて欲しい。そして、その時は、英語をもっと積極的に使うことを心がけて欲しい。使わなかったら、決して英語力は向上しないのである。この「慣れ」の段階に立ったまま、留学生活が継続すれば、次は「惰性と暴走」の段階へと流されて行く公算が高くなると予測しておいたほうがいいだろう。

センターのアドバイス:初心に帰れ。原点に立て。日常から脱却。今、自分を変えろ。


2 同化の状態 (6ヵ月 〜 10ヵ月後)

 前の段階、すなわち「孤立感と疎外感」の中で、何とか前向きに、積極的に現状を意図的に打開しようとして、英語の学習に力を注ぎ、ホストファミリーや友人との会話も単なるうわべだけの話ではなく、討論や議論をするような話ができるように努力を傾注し、より深い段階で彼らと一体感を実感できるようになれば、これがより好ましい段階である。でもこの段階に立つためには相当な努力を必要とする。
 もしあなたが、勉強をしている最中に、何故これほど苦しまなければならないのか、何故これほど勉強しなければならないのか、日本にいるほうがずっと楽だったなどと思うのであるなら、この段階に近づいていると思えばいい。
 この段階にいるのであれば、生活は非常に充実してくる。英語力は自分でも自覚できるほど、飛躍的にアップしてくる。そして、本当に学校生活が、充実していると実感でき、成績も非常に良い結果をとることができるはずだ。アメリカ社会に何の違和感も感じなくなるし、異文化を自分の文化として肌で感じているし、それは、ほとんど同化していると言えるかもしれない。ただし、同化しているだけでは、客観性という視点で問題が残る。例えて言うならば、本来は赤色であったものが、白色の世界の中で生活して、白色になっているに過ぎない。本来の赤色が残っていないのである。だから、同化するだけでは、自国の意識が忘れられているといえる。自国の誇りと客観的な視座という点において、依然として未完のものである。そのためには、この同化という現象から、次の段階である「客観性と融合」の段階へと駆け登って欲しいのである。

センターのアドバイス:自国を誇り、他国を愛せ。

 

 

第6段階/客観性と融合と惰性と暴走の状態 (8ヵ月 〜 10ヵ月後)

1 客観性と融合の状態 (8ヵ月 〜 10ヵ月後)

 ここで言う客観性とは、日本とアメリカを中立的に見ている自分がいるということである。すなわち、自分はアメリカサイドにも立っていない、日本サイドにも立っていない。つまり、完全に中立した立場で、日本人と日本とその文化を考え、アメリカやアメリカ人とその文化をまた、客観的に見ているのである。そして同時に、自分が日本人であることを深く自覚していることでもある。その深い自覚はアイデンティティといえるかもしれない。さらに、両国に感謝する姿勢が生まれ、日本の両親に感謝するだろうし、ホストファミリーや学校、友人、先生方など、自分の周囲にいるすべての人たちに感謝する気持ちが芽生えている。その姿勢と気持ちもここで言う客観性のひとつである。そして、これらの「客観性」が、第6の段階のひとつである。この客観性は、高い次元のものである。いわば、二国間の価値の上に立脚し、創造された多元的な価値の総合体といえるかもしれない。同化の段階で前述した例えをもって表現すれば、赤色の自分と白色の自分が、完全に、客観的に、一つの個体の中に、独立した形で共存していると表現できる。それは二国間の文化を「融合」させた高次元の意識と概念である。そして、この「客観性と融合」の段階が、この高校留学の異文化適応の過程に見られる高次元のゴールの一つであるとセンターでは考えている。

センターのアドバイス:すべての人に感謝せよ。

 

2 惰性と暴走の状態 (8ヵ月 〜 10ヵ月後)

 「惰性」は、先の段階における「慣れ」の延長である。ここにおいては、何故、高校で留学したのかという、当初の目的すら失念するほど、日常の生活に埋没しているだけである。「慣れ」の段階で漫然と過ごしたとしても、異文化の生活が長くなる分だけ、日常生活には慣れていき、生活に不自由は感じない。ただし、英語力は日常生活を過せる程度の英語力でしかない。特に顕著なことは、英語を聞いてその内容を理解する力はあっても、自分の意志や考えを英語で表現するという力は、ほとんど変わっていないという点である。「惰性」で留学生活が続いているという感じであり、表面的に異文化で生活を送っているに過ぎないと言えるかもしれない。
 「暴走」は最悪のシナリオの一つである。これは、慣れや惰性、さらには気の緩みから来るものであり、問題行動発生の原因でもある。異文化に意識して適応しようとしていた者が、異文化に慣れ、惰性や気の緩みから、新たなる「刺激」を求めて、結果として、問題行動を起こすことがある。その問題行動のほとんどが、ルールや規則を超えたものであり、「強制送還」の原因となることにつながる。ここに大きな最後の落とし穴が待っている。特に、帰国まで、数ヶ月という、秒読み状態に入ったときに、これらの「暴走」が発生しやすい。

センターのアドバイス:日本の親に思いを馳せよ。自分を愛せ。

 

第7段階/帰国の不安と焦燥 (9ヵ月 〜 10ヵ月後)

 帰国の話がそろそろ周囲で聞こえるようになる頃、留学生の心中は、また穏やかでない。それは「帰りたくない」という気持ちから生まれる。また、帰国後、新たな現実が日本で始まるということの不安感から来るものであったり、果たして留学が、どれほど充実したものであったかという自分への問いかけから来る焦りであることも見られる。残された日々を思えば、あれもこれもと考え、落ち着きを失う。家庭生活が充実していればしているほど、その現実に少しでも長く身を置いていたいという気持ちもあるだろう。帰国後、日本の高校への復学に不安を覚える留学生も多い。日本の友人がこの一年間にどれだけの学習を積んだのであろうかと考えれば、留学期間中が夢のように感じられたりもする。
 これらの気持ちは、ほぼ全員の留学生の気持ちを代弁したものである。ここに来て、この留学の一年間を振り返り、自分自身を見直す気持ちが生まれる。そのことを意識してから、帰国までの時間は、結構、内容の濃い時間であることが多い。

センターのアドバイス:何故来たのか、今の自分に問いかけろ。

 

最後に………。さて、あなたは、どの段階を経て、帰国日を迎えることになるのだろうか。

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