日本とアメリカの文化や習慣や教育、社会生活や考え方など、様々な違いを比較対照しながら、相対的に説明したものであり、MNCC職員によって執筆されたものです。

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■ 学習の前に
■ 目 次
■ 家庭生活編
■ しつけと教育編
■ 市民生活編
■ 慣習編
■ 世間と風俗編
■ 公共道徳とマナー編
■ 行動様式編
■ 形而上的価値編

●訴訟
日 本
アメリカ
基本的に争いを好まず、訴訟は身近なものではない。対立は仲介や調停で解決しようとするが、お互いに言い分を言い合うだけで、両者に感情的対立としこりが残ったまま、物別れで終わることも多い。また、お互いの忍耐と我慢で、正面からの対立を避けようという気持ちが作用することも多い。訴訟にまでいたることは希であり、訴訟を起こすことに抵抗を感じる人が多い。法曹界に従事する人員的な不足から、訴訟は結審まで極端に長く時間がかかること、また、高い訴訟費用がその遠因でもある。訴訟における損害賠償額は、少額であることが多い。ただし、近年、増加する訴訟に対応するため、訴訟を簡略化したり、法曹界で働く人数を増やそうとする動きが見られる。 妥協するより、自分自身の主張を貫こうとする姿勢が訴訟の根底にある。弁護士が多く、訴訟費用も自己負担が少なく、短期に解決するため、訴訟を起こすことにそれ程抵抗を感じることがなく、日常生活の身近なところに訴訟は存在しているといっても過言ではない。訴訟における損害賠償額は、極めて高額である。そのため、近年においては、増加する一方である訴訟の中でも、補償や賠償を目的として、言い掛かり的な内容で、金銭的弁済が可能である行政側や大企業などを相手として、訴えを起こすことが多発している。また、弁護士が訴訟を勧誘することも、訴訟の増加を助長させている。訴訟は巨大な産業の一つと言えるかもしれない。

 

●いつ楽しむか
日 本
アメリカ
現在は、常に将来のためにあるという考えを一般的に持っている。だから、現在を楽しむことよりも、楽しむべき将来のために、今苦労したり、現在を犠牲にしておこうという考えがある。換言すれば、「常に将来を楽しみにして、現在を生きている」と言える。 現在は現在であり、将来は将来であり、その瞬間、瞬間を最大に楽しもうとする生き方である。つまり、将来のために現在は拘束されず、現在をただ楽しめればいいという刹那的な考えである。「明日は明日の風が吹く」という考えが根底にあり、現実主義と言われる由縁がここにある。
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